Last Vacation~London life with kids~

コロナ禍の2021.4~ロンドン駐在妻生活スタート。現地校に通う6歳児と1歳児とのロンドン生活の記録。instagramも更新中。@uko_uk

不登校との戦い〜現地校2週間目の記録〜

先週末、息子が「日本に帰りたい気持ちもある」と話していたのは、今から思えば予兆だったのだと思う。今週息子の不安や寂しさが爆発した。

 

月曜日、pick upの際に先生から

「ママと会いたいと泣いていたわよ」

と伝えられ

火曜日は、「声には出さなかったけど、授業中、涙があふてきた」と息子から聞いた。

水曜日、とうとう「学校に行きたくない!ママと一緒にいたい!」と校門の前で泣き出した。

私の服の裾を離さず、行く行かないの問答が続くこと15分。

途中、他の日本人の男の子が声をかけてくれて「一緒に行こう!」と話しかけてくれたものの泣き止むことはなく

(あとから息子に聞くと彼とは面識がないとのこと。知らない日本人の息子に声をかけてくれるなんて…なんて優しい少年なんだろう!)、

そして先生2、3人が説得してくれたけど、息子は引き下がるわけもなく、結局同じクラスの日本人の子がやってきて、息子の気が一瞬それたすきに

「お母さん、離れて門から出て!」

と先生に言われ、なんとか息子は大泣きのまま登校したのだった、

 

昼間、呼び出しがあることも覚悟したけれど、なんとか一日を学校で過ごしてくれた。

 

pick upの際、先生から

「午前中は動揺していたから、ママに電話するか尋ねたら、大丈夫って本人が言ってたの。その後ご機嫌に過ごしたわよ。」

と様子を教えてくれた。

 

帰宅後、本人に話を聞くと現地人のクラスメイトと友達になりたいけれど英語が話せないから友達になれないのだと言う。

 

そら、そうだ。

私だって全く使えない言語(フランス語とか中国語とか)の環境に自分の意思も関係なく放り込まれたら毎日、辛いに違いない。

けれど、そうなったら私はどうするだろう?と考えたとき、きっとよく使う言葉はメモに書いて見せるなり読むなりするんだと思う。

 

なので今の息子が周りに伝えたいメッセージ

(「僕は家族に会えないから悲しい」

「ぼくは英語がわからない」

「ぼくは電車が好きだよ」

など)

をポケットに入るくらいのメモ帳に書いて手渡した。

 

「使いづらかったらまた教えて!」とは伝えたものの、きっと面倒くさくて見ないだろうなぁと期待はしなかった。

けれど、パパもママも応援していることをなんとか息子に伝えたかった。

 

 

すると木曜日。

「メモ帳、使った?」

と聞くと、「これ、見ながら先生に電車好きって伝えたよ!」とのこと。

先生がなんて返事をしてくれたかはわからなかったみたいだけど、息子の表情からは少しだけ自信が垣間見れた。

 

そして、学校の帰り道、家が同じ方面でよく見かける親子に「声をかけてみよっか!」と一緒に声をかけてみた。

"Hi!"と言ったら、笑顔で"Hi!"と返してくれて、その後、気軽に声を掛けあえるようになった。

 

そして金曜日の今日。

登校の最中、日本人のお友達と話してたら水たまりにはまってしまって

靴下が濡れただの、それを先生に言ってくれだの、言うて悪いけどしょうむないことで泣いていた…

 

けれど、木曜日の朝、門のところにいた先生たちは息子の名前を呼びかけてくれて

「今日はご機嫌だね!」と話しかけてくれていた。

3、400人いる大きな学校で、担任の先生というわけでもないのに、息子のことを知ってくれている人がいることが嬉しかった。

1人でも2人でも息子の存在を認めてくれる人、気にかけてくれる人がいれば、しんどくても何とかしがみつける可能性はあると思う。

 

けれども、英語が苦手とはいえ、少しずつ聞き取れる英語はできてきたみたいで、また夕食後1時間の勉強タイムでも今までになかった自主性で英語を学び出している。

 

渡航前「イギリスから帰ってきたら英語ペラペラやなぁ!」と沢山の人から言ってもらったけどいくら吸収力が早い子供とはいえ、楽をして語学を習得できるわけではないと思う。

息子もそれなりに苦労はするのだろう。

けれどもその勉強を通じて、息子には是非英語の勉強自体が目的じゃなく、あくまでコミュニケーションのための手段であることを体で覚えてほしいし、ひいては勉強をする目的は、いい点をとるためでも、人を蹴落とすためでも、優越感を味わうためでもなく、自分の知識が人の役に立って意味をなすことの原体験をこの機会にしてくれればと思う。

(英語で困ってる人や悲しんでいる人に声をかけるっていうような些細なことで十分)

 

これから先、きっと波はあるだろう。

私も息子に期待はかけず、選択肢はいつでも提示できるよう見守っていきたい。